IRS2092がSiC/GaN D級アンプに使いにくい理由

D級アンプのソリューションとしてポピュラーなIRS2092ですが、

高速SiC/GaN FETディバイス(C3M0280090D, TPH3206PSBなど)に適用しようとすると、

使いにくい点があるので、まとめておきます。

 

まず、動作周波数が800kHzまでというのが、ネックになります。

高速ディバイスを用いて自励発振式で単純に回路を組むと、

容易に1MHzを超えてしまうため、

実回路では対策をしないと動作しません。

 

Si8244は8MHzまで動作します。

 

実際の設計では、スイッチング周波数が2MHzを超えると、

表皮効果によって、スイッチングノードの発熱が大きくなって、

PCBのトレースが2Ozの基板でも焦げてしまうので、

注意が必要です。

 

また、スナバ回路(DCリンク、スイッチングノード、Zobelなど)の

抵抗の発熱も無視できなくなってきます。

 

つぎに、デッドタイムの設定値が4段階(25/40/65/105ns)

しか設定できない点です。

Si8244は0.4nsから1usまで、抵抗値の系列もしくは

ポテンショメータで無段階で設定できます。

 

実際の設計では、

デッドタイムはZVSを達成するために、

スイッチングディバイスに合わせてきめ細かく設定する必要があります。

 

最後に、
自励発振周波数を下げるためには、

プロパゲーションディレイを大きくするのが簡単ですが、

IRS2092はモノリシック構成で、

OTA(エラーアンプ・積分器)、

コンパレータ、

ゲートドライバ(IRS20957S)が

一体となっているため、

積分器の抵抗値とデッドタイムで調整するしかありません。

 

なお、IRS2092のリファレンス・デザインとして、

IRAUDAP7D

が参考になります。

 

これに対して、

ディスクリート(ADA4001-2, LT1713, Si8244など)構成では、

電流モードなど、

多重の状態フィードバックループを含めた対応がとれます。

なお、IRS20957Sによるディスクリート構成のリファレンス・デザインとして、

IRAUDAMP4A

IRAUDAMP6

が参考になります。

 

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電流モードのD級GaN MOSFETアンプの試作

電流モードのD級GaN MOSFETアンプを試作しました。

LT1057でPI制御(インダクタ通過前の電圧とインダクタ通過後の電圧状態フィードバック)、

LT1995で電流状態のフィードバック(インダクタ通過後の電流検出)をLT1016に対して行っています。

また、今回は高耐圧のMLCCでLPFとZobelのフィルムコンデンサを置き換えています。

基本回路はいつも通り、ゲートドライバはSi8244,

出力段はTPH3206PSBです。

保護回路として、

LM339でUVPとDCPを実装しています。

 

LT Spiceシミュレーションでは、電圧モードの自励発振式と比較して、

無入力時の可聴帯域におけるノイズフロアが15から20dB程度下がることがわかっています。

 

電流モードの自励発振式における無入力時の出力電圧のFFT

電圧モードの自励発振式における無入力時の出力電圧のFFT

 

実際、試聴してみても電源の整流ハムノイズが明らかに下がります。

音質的にはLPFによるピークが下がる分、

電圧モードよりも相対的に高域はおとなしくなりますが、

低域の明瞭感は明らかに向上します。

 

電流モードのD級GaN MOSFETアンプの設計

D級パワー・アンプの回路設計

第6章 電流モードのハーフ・ブリッジD級パワー・アンプ

を参考にして、

これまでの電圧モード(LPFを含まない帰還構成)を踏まえて、

電流モード(LPFを含む帰還構成)の設計をしてみます。

 

まず、LT Spiceによるシミュレーションモデルです。

本来は、積分器の入力もLPFを含める形で設計するようですが、

必要な自励発振周波数(800kHz程度)が得られないため、

LPF通過前のスイッチングノードの電圧を積分制御(LT1122)に入力し、

比例制御(LT1122)で積分制御の出力とLPF通過後の出力電圧を差動増幅後、

電流検出器(LT1995)の出力(LPFのコイルの電流に比例する電圧)とともに

比較器(LT1016)に入力しています。

電流検出器の出力振幅で自励発振周波数を調整して、

積分器の時定数で、負荷抵抗が最大(シミュレーションでは10kΩ)の時の

安定性を確保します。

ハーフブリッジ(TPH3206PSB)がアイドル時にZVSになるように

デッドタイムはゲートドライバ(Si8244)で、120nsに調整しています。

 

つぎに+-1V, 10kHzの矩形波入力時の過渡応答を示します。

FFTはこちらです。

 

電圧モードのD級GaNアンプは、

積分器だけの簡単な制御回路で、

自励発振周波数が高い(1.3MHz程度)反面、

ZVSにするためにはデッドタイムを長くする必要(200ns)があります。

そのため、ゼロクロス歪みがやや大きいのと、

大振幅時に反対側のPWMのパルス幅が0になる(Sliver Pulse)ため、

B級動作のような状態になっています。

 

一方、電流モードのD級GaNアンプは、

比例制御と電流検出のオペアンプが増えるため制御回路がやや複雑にはなりますが、

LPFの負荷変動を制御できるのと、

定電流アンプにPI制御を組み合わせて定電圧アンプにしているため、

過電流保護回路(OCP)の代わりに直流保護回路(DCP)を盛り込めます。

 

肝心の音の違いはどの程度でしょうか?

試作をしてみるしかなさそうです。

 

D級GaNおよびSiC MOSFETアンプのデッドタイムの最適化

GaN(TPH3206PSB)ととSiC(C3M0280090D)の

両方でハードスイッチングのD級アンプを試作した結果得られた、

デバイスの特性の違いやD級アンプでの設計の考慮点をまとめておきます。

 

なお、参考資料としては次の2つがわかりやすいです。

Dead-Time Optimization for Maximum Efficiency

SiC MOSFET:ゲートドライブの最適化

 

まず、デッドタイム24nsでしばらく動作させたGaN MOSFETアンプの状況です。

基板右側中央のゲートドライバ(Si8244)周辺の

アクロスザラインのスナバ抵抗(4.7Ω 1W)、

ブートストラップダイオード(1N4148)の電流制限抵抗(4.7Ω 1/4W)、

ゲート抵抗(4.7Ω 1/4W)およびその周辺の基板のレジストが

変色しているのがわかります。

 

また、ブートストラップダイオードの故障も発生しました。

これは、GaNをハードスイッチングで使用すると、

非常に大きなdi/dtによって、

ドレインソース間電圧が増大することに起因しているようです。

 

対策としては、アクロスザラインのスナバは抵抗なしの

0.1uF 250V X7R MLCCに変更して、

電流制限抵抗とゲート抵抗は10Ω 1/4Wに変更しました。

 

また、デッドタイムを200nsに伸ばして、

アイドル時はZVS動作をさせるように設定しました。

 

SiC MOSFETアンプは内部ゲート抵抗が26Ωと大きく、

ハードスイッチングに伴うオーバーシュートも小さいようで、

基板に問題は発生していませんが、

アクロスザラインのスナバは0.1uFに変更しました。

また、デッドタイムも120nsに伸ばして、

ZVS動作をさせるように設定しました。

 

SiCはゲート電圧(Vgs)0Vではゲート電荷(Qg)が1nC残るため、

アイドル時のオフセット電圧が4mV程度残ります。

これに対して、GaNではほぼ0mV程度となっています。

 

ZVS動作にすることによって、

ヒートシンクの発熱がほぼなくなるのと、

アイドル時のハードスイッチングで発生していた

ノイズとオフセット電圧が減少します。

また、効率の増大(消費電力の低下)によって、

電源レールの電圧も上昇します。

 

自励発振式のD級アンプの場合、

PWMのデューティ比に応じて、

ハードスイッチングを伴う部分的なZVS動作を行うため、

効率とノイズ特性では良好な結果が得られます。

 

TPH3206PSBによるD級GaN MOSFETアンプの試作

TPH3206PSBを用いてD級GaN MOSFETアンプを試作しました。

基板と定数はC3M0280090DによるD級SiC MOSFETアンプと同じです。

TPH3206PSBはピン配置がGSDで、

ソースタブからケルビン接続を行っています。

LT Spiceシミュレーションによると、自励発振周波数は3MHz程度となっています。

アイドル時の出力オフセット電圧の実測値は、ほぼ0mVなので、

スイッチングノイズはC3M0280090D(実測Vos=10mV程度で信号線への放射ノイズからの影響が大きい)

よりも少ないようです。

TPH3206PSB(GaN)の音質は、C3M0280090D(SiC)よりも、緻密でおとなしい感じです。

 

 

C3M0280090DによるD級SiC MOSFETアンプの基板設計

EAGLEによるC3M0280090DによるD級SiC MOSFETアンプの基板設計です。

DC-DCコンバータ(DPBW03G-05, SPBW03G-15)の採用で、

80x100mmでも実装面積に余裕ができたので、

C3M0280090D(SiC MOSFET, TO-247, GDS)だけでなく、

TPH3206PSB(GaN MOSFET, TO-220, GSD)でも

ドレインタブからケルビン接続して実装できる設計にしてあります。

上面のベタパターンです。

下面のベタパターンです。

ZVS D級GaN MOSFETアンプのデッドタイムの最適化

ZVS ハーフブリッジの動作に関して参考になるアプリケーションノートをあげておきます。

 

これらのアプリケーションノートの内容によると、
Vdsのリバースリカバリの前半にVgsが立ち上がるようにデッドタイムを最適化するのがよいようです。
LT SPICEによるZVS D級GaN MOSFETアンプのアイドル時の過渡解析の結果を示します。
青がハイサイドのVgs、赤がローサイドのVds、水色がハイサイドのVds、ピンクがローサイドのVdsです。
この時のアイドル時の出力電圧のFFTを示します。
7MHzから上の周波数帯域で-100dB以下になっています。

ZVS D級GaN MOSFETアンプの設計

ZVS D級GaN MOSFETアンプの設計の参考になるリンクをまとめておきます。

 

11.1 Must Knows of Gate Driver for ZVS Converter

 

PWM方式、ZCS/ZVS方式のノイズ特性を把握する

 

また、
ZVS D級GaN MOSFETアンプのアイドル時の過渡応答のLT SPICEシミュレーション結果をあげておきます。
緑が出力LPFのインダクタ(22uF)の電流(+-270mA, 1.5MHz)、
青がスイッチングノードの電圧(+-44V)、
赤が正側のGaN MOSFETのゲート電圧(オン時間100ns, デッドタイム220ns)、
水色が負側のGaN MOSFETのゲート電圧(正側と同じ)
となっています。
電流波形の頭が丸くなって、
ゲート電圧がほぼ直線的な立ち上がりと立ち下がりになっていることがわかります。
LPF通過後の出力電圧のFFTも上げておきます。
自励発振周波数とその高調波以外のノイズはほぼ発生しないようです。
実際、Si8241とTPH3206PSBによる試作機で試聴しても、
良好な結果が得られています。

D級GaN MOSFETアンプのスイッチングノイズ対策

GaN MOSFETアンプのスイッチングノイズ対策をまとめておきます。

 

TPH3206PSBのデータシートに関連文書として

AN0009: Recommended External Circuitry for GaN FETs

があげられていて、リンギングの抑制とdi/dtの制限による

ノイズ対策のポイントがまとまっています。

 

また、D級アンプとしてのゲート抵抗やスナバ回路の定数はこちらが参考になります。

25W-500W Scalable Output Power
Class D Audio Power Amplifier Reference Design
Using the IRS2092 Protected Digital Audio Driver
まず、対策前のスイッチングノードのLT Spiceシミュレーションによる過渡解析はこちらで、
オーバーシュート/アンダーシュートが20V程度になっています。
 
対策後がこちらで、オーバーシュート/アンダーシュートが2V程度になっています。
対策の効果は、無入力時の出力ノイズレベルの減少として、
オフセット電圧や耳でも確認できます。
通常のスイッチング電源(バックコンバータ)の設計であれば、
変換効率を優先して、
スイッチングノイズはEMIの規制をクリアすればよいのですが、
D級オーディオアンプとなると、
スイッチングノイズの低減を優先せざるを得ません。

Si8244によるD級GaN MOSFETアンプの試作

Si8244TPH3206PSBによるD級GaN MOSFETアンプを試作しました。

電源はSCS206AGによるSiC SBDブリッジを上下独立で使用しています。

Si8244は絶縁型ドライバなので、レベルシフト回路が不要になり、

メインの回路は非常にコンパクトにできました。

保護回路はOCPとDCPを実装しました。

 

アイドル時の積分回路LT1363の出力振幅を+-1V程度に調整して、

最大入力時の出力振幅をコンパレータLT1016の入力同相電圧範囲に収めています。

 

Si8244のデッドタイムを75ns程度に調整した結果、

自励発振周波数はシミュレーションでは1.9MHzとなっています。

 

デッドタイムが短いとアイドル時のスイッチングノイズが大きくなり、

貫通電流が発生します。

 

音自体は、高音の密度感と低音の充実感が素晴らしく、

申し分ありません。

 

課題を上げるとしたら、

アイドル時のスイッチングノイズの低減(スナバ回路、ソース端子へのアモビーズ、電源レールへのフェライトビーズ)と、

電源オン・オフ時のノイズの抑制(Si8244のUVLOの変更、UVPの実装)といったところですが、

自作アンプとしては対策なしでも許容範囲です。