D級アンプのデッドタイムとZVS

D級アンプの出力は通常、

Nch MOSFETによるハーフブリッジ(トーテムポール)が用いられます。

フルブリッジは、ハーフブリッジを2つ用いるので、

構成要素としては、ハーフブリッジに還元されます。

 

ハーフブリッジの上下のMOSFETのゲートをPWMで制御しますが、

現実の回路や素子にはプロパゲーションディレイや、

非線形性があるため、上下の素子が同時にオンになって、

貫通電流が発生しないように、

適切なデッドタイムが必要になります。

 

では、最適なデッドタイムはどのように設計すべきでしょうか?

 

よくあるD級アンプの解説では、

出力波形が理想的な矩形波に近づくように、

できるだけデッドタイムは小さい方がよい

としているものが見受けられます。

 

この場合、MOSFETのスイッチング時間

(ライズタイム+ターンオンディレイ、フォールタイム+ターンオフディレイなど)に、

安全係数(ゲートドライバのプロパゲーションディレイやディレイマッチング、温度係数など)

を掛けた最小値になります。

 

でも、実際、そうでしょうか?

 

オーディオ用途のD級アンプでは、

ハーフブリッジの先にLPFのコイルがあります。

そのため、スイッチングの際(デッドタイム期間)には、

MOSFETの出力容量(Coss)とLPFのコイルの間で、

共振が発生します。

 

なので、ソフトスイッチング(ZVS)を前提にする設計では、

矩形波のように垂直な電源レール間の遷移を伴う波形ではなく、

 

正弦波をレール間に縦に引き延ばしてクリップさせたような波形になります。

この場合、出力容量とコイルのインダクタンスおよび発振周波数によりますが、

デッドタイムも47-200ns程度まで、

かなり長くなります。

 

デッドタイムが大きくなると、

クロスオーバー歪みが増えると思いますか?

 

実際には共振波形は連続なので、増えません。

また、ZVSなので、

スイッチングノイズも極小です。

パンピング現象も極小になります。

なぜなら、共振エネルギーを上下のスイッチ間とコイルで、

保存する形になるので。

 

オーディオ用途であれば、

いいことずくめのようです。

 

オーディオ用途のD級アンプでは、

スイッチングノードの波形忠実度は無意味です。

なぜなら、最終的な出力は、LPF通過後の波形になるからです。

 

需要なのは、PWMのデューティサイクルに応じた、

電圧時間積の比率の精度になるからです。

 

しかしながら、スイッチングノード出力の

電圧時間積の時間はPWMで直接制御していますが、

電源電圧の制御は、自励式と他励式で大きく異なります。

 

自励発振式は電源電圧の変動を含んだスイッチングノードの

電圧波形が搬送波そのもので、

直接、積分器の入力にフィードバックするため、

十分なPSRRが簡単に得られます。

 

ところが、他励式は通常、搬送波は無帰還なので、

PSRRが原理的には0dBとなります。

というわけで、

電源側でレギュレータなどを用いて、

電源変動を抑える必要があります。

 

いずれにしても、

理論モデルやシミュレーションモデルと

現実の回路の振る舞いをよく検討した上で、

必要十分な寄生要素を含めた

適切な設計をする必要があります。

 

 

 

 

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アクティブクランプ・フォワードコンバータのパラメータ設計

アクティブクランプ・フォワードコンバータの設計で、

最大デューティ比、巻数比、

メインスイッチ、クランプスイッチ、

クランプ容量、デッドタイム、

などを決める上で、

わかりやすい資料とツールがあったので、

紹介しておきます。

 

AND8273/D Design of a 100 W ActiveClamp Forward DC-DCConverter for TelecomSystems Using the NCP1562

NCP1562 Design Worksheet

 

Application Noteの

ACTIVE CLAMP FORWARD TOPOLOGY

TRANSFORMER

ACTIVE CLAMP STAGE

MAIN SWITCH

Desigh Worksheetの

Step1: System Specifications

Step2: Power Stage

Step5: Active Clamp Stage and Soft Switching

が特に参考になります。

 

これらを踏まえて、

最大デューティ比=0.6、

巻数比=1.4、

メインスイッチ=IPA60R180P7S

クランプスイッチ=IPA60R600P7S

クランプ容量=6800pF、

デッドタイム=72ns

としました。

 

また、最大デューティ比と巻線比に応じて、

2次側の電圧が100Vを切ったので、

同期整流スイッチ=IPA086N10N3

としました。

 

D級GaNおよびSiC MOSFETアンプのデッドタイムの最適化

GaN(TPH3206PSB)ととSiC(C3M0280090D)の

両方でハードスイッチングのD級アンプを試作した結果得られた、

デバイスの特性の違いやD級アンプでの設計の考慮点をまとめておきます。

 

なお、参考資料としては次の2つがわかりやすいです。

Dead-Time Optimization for Maximum Efficiency

SiC MOSFET:ゲートドライブの最適化

 

まず、デッドタイム24nsでしばらく動作させたGaN MOSFETアンプの状況です。

基板右側中央のゲートドライバ(Si8244)周辺の

アクロスザラインのスナバ抵抗(4.7Ω 1W)、

ブートストラップダイオード(1N4148)の電流制限抵抗(4.7Ω 1/4W)、

ゲート抵抗(4.7Ω 1/4W)およびその周辺の基板のレジストが

変色しているのがわかります。

 

また、ブートストラップダイオードの故障も発生しました。

これは、GaNをハードスイッチングで使用すると、

非常に大きなdi/dtによって、

ドレインソース間電圧が増大することに起因しているようです。

 

対策としては、アクロスザラインのスナバは抵抗なしの

0.1uF 250V X7R MLCCに変更して、

電流制限抵抗とゲート抵抗は10Ω 1/4Wに変更しました。

 

また、デッドタイムを200nsに伸ばして、

アイドル時はZVS動作をさせるように設定しました。

 

SiC MOSFETアンプは内部ゲート抵抗が26Ωと大きく、

ハードスイッチングに伴うオーバーシュートも小さいようで、

基板に問題は発生していませんが、

アクロスザラインのスナバは0.1uFに変更しました。

また、デッドタイムも120nsに伸ばして、

ZVS動作をさせるように設定しました。

 

SiCはゲート電圧(Vgs)0Vではゲート電荷(Qg)が1nC残るため、

アイドル時のオフセット電圧が4mV程度残ります。

これに対して、GaNではほぼ0mV程度となっています。

 

ZVS動作にすることによって、

ヒートシンクの発熱がほぼなくなるのと、

アイドル時のハードスイッチングで発生していた

ノイズとオフセット電圧が減少します。

また、効率の増大(消費電力の低下)によって、

電源レールの電圧も上昇します。

 

自励発振式のD級アンプの場合、

PWMのデューティ比に応じて、

ハードスイッチングを伴う部分的なZVS動作を行うため、

効率とノイズ特性では良好な結果が得られます。

 

デッドタイムの最適化とZVS

GaN MOSFETアンプのデッドタイムをZVS(Zero Voltage Switching)に最適化してみました。

 

まず、無信号時(正弦波入力 0V, 20kHz)の

スイッチングノードのデッドタイム期間の電圧波形(青)が、

大体、P-Pの正弦波の1/2周期になるようにデッドタイムを設定します。

LT Spiceシミュレーションの過渡応答はこんな感じになります。

緑がLPFのコイルを流れる電流波形で、山と谷が丸まった三角波になります。

赤はスナバの抵抗を流れる電流で、ノイズレベルの目安になります。

水色は正電源、ピンクは負電源を流れる電流です。

こちらが無信号時の出力電圧のFFTの結果です。

搬送波の周波数(1.5MHz)に-30dB(ほぼゲインに等しい値)のスペクトルがたって、

それよりも高いところにスイッチングノイズのスペクトルがたっています。

40Hz付近のピークはLPFのQによるものです。

 

次に微少信号時(正弦波入力0.1V, 20KHz)の時の過渡応答です。

緑の電流波形が三角波が正弦波状に揺れていることから、

増幅されていることがわかります。

赤のスナバ電流が出力の振幅に応じて増大することがわかります。

ゼロ出力電圧領域ではソフトスイッチングで、

正負出力電圧領域ではハードスイッチングしていることになります。

周波数領域でみると搬送波よりも低い周波数領域(自励発振式なので可変周波数)と

高い周波数領域(ハードスイッチングによる損失の増大)でスペクトルが増えてきます。

 

最後に、最大入力時(正弦波入力1V, 20kHZ)の過渡応答です。

緑の出力電流は5A程度まで増大しますが、

水色の正電源電流、ピンクの負電源電流は0.5A程度に止まります。

スイッチングによりパンピングしていることがわかります。

周波数領域で見るとスペクトルの帯域は増えますが、

ピークは抑えられているようです。

 

聴感上の変化としては、ノイズフロアが下がるため、

明瞭感が格段に向上します。

 

また、スイッチング損失が減少するため、

GaN MOSFETの発熱も格段に下がります。

 

なお、デッドタイムが長いため、

大振幅時にパルス幅が減少もしくは消滅しますが、

音楽信号で定常的にこの状態は発生しないため、

GaN MOSFETの線形領域動作での熱破壊の可能性は低いはずです。

 

結論として、D級アンプとスピーカーは、

電気機械共振の連成系として設計するのが合理的だと思われます。